25周年を迎えたグローバル市場に浸透した電子プラットフォーム

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2017年6月28日|| Bruce Blythe

1980年代、シカゴ市民は、次のいくつかのことについて確信していた。Mike Ditkaは神(または神のように少し見えた)、地元のプロ野球チームはワールドシリーズでいつか勝利できる、先物取引は常に、大勢の男たちが立会場で互いにジェスチャーを交えながら大声を張り上げて行われる。

それと同時に、先物ビジネスが向かっている方向について、他と異なる考えを抱いていた人物も少数いた。1986年のある時点で、シカゴ・マーカンタイル取引所において、レオ・メラメドの考えが具体化した瞬間がきたのは、いつも通り熱気に沸いていたS&P 500種株価指数先物のピット近辺に立っていたときであった。

「人で混雑してせわしく、あちこち走り回っている人もいた」とCMEの当時の執行委員会の委員長を務めていたメラメドは、今月に入ってオフィスで行われたインタビューでそう語った。「電子取引を実現するために、一歩踏み出すことをそこで心に決めた」と続けた。

その「一歩」はCME Globexの電子取引プラットフォームで最高潮に達し、今週は取引所が開設されてから25年周目にあたる。今となっては売買を行う際に、その存在が当たり前のようになっているかもしれない。穀物商社が先物価格を固定する、銀行が金利の変化に対処する、あるいは航空会社が燃料費用をヘッジするにせよ、コンピューター上で取引を行う。CMEでは、取引10件のうちほぼ9件は、世界最大の電子取引プラットフォームとなった、CME Globex上で売買されている。

最良の年
一部では抵抗が広がっていたが、メラメドは、他の先見の明のあるCMEの首脳陣の支持を得て、取引所の取締役会から新規プラットフォーム構築の承認を得て、その後、1987年に完全に会員権制に移行した。このアプローチは大変革をもたらし、7,500万ドルを投資したReuters Holdingsと提携して、開発に数年を要した。

CMEのGlobexの1992年6月25日の開設時は軽視されたが、その後シカゴのピット周辺では戸惑いが生じた。新規システム上での取引が許可されたのは「通常」のCMEの取引時間(午前7時20分から午後3時15分、シカゴ時間)外に限定されていたことから、当初は薄商いだった。最初の夜間時間帯の取引はわずか1,939件しかなかった。当時の「グリーンスクリーン」技術は限られていたのだ。

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1992年のCME Globexの開設時のレオ・メラメド(中央)、CMEのジャック・サンダー元会長とビリー・ブロツキー元最高経営責任者(CEO)と共に。

Globexは当初、ユーザーにとって「キーボードは扱いにくく、モデムが付属していた」と、ニューヨークのCOMEX(ニューヨーク商品取引所)とNYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)の立会場の元社員で、現在はTABB Groupのシニアアナリストを務めるTom Lehrkinder氏はそう語った。「ごく一部の人だけがGlobexにアクセスしていた。大体は若手の取引執行スタッフである「オペレーター」だった。ほかは皆、いやがっていた」、同氏は説明した。

マウスやタッチ画面がないコンピュータを利用することを想像してみればいい – これが初期のGlobexの姿であった。

「注文は、キーボードを使って入力された」と、元フロアトレーダーで現在はFutures Radioの週一回のポッドキャストのホストであるAnthony Crudele氏は当時を振り返った。「購入の場合は「+(プラス)」キーを打ち、売却の場合は「-(マイナス)」キーを打たなければならなかった。端末はフロアで共有され、ピットにはGlobexはなかった」と、付け加えた。

世界に羽ばたく
「マーケットのグローバリゼーションが進み…東京、香港、そのほかの場所でも成長を遂げた」と、シカゴの元フロアトレーダーで、現在は出版社のJohn J. Lothian & Co.を経営するJohn Lothian氏は述べた。「ユーロドルは発展過程であったが、30年物の出来高が集中していた。その後、金利のパラダイムシフトが起きた」と同氏は指摘した。

1992年の開設時、Globexはわずか4つの先物商品を提供し、そのうちの3つは、ドイツマルクや日本円に加えて、10年物米国債に連動する商品であった。

Globexには、次の2つが重要な起爆剤となった。べテランのトレーダーは、1997年のGlobexのみで取引可能なS&P 500 E-mini先物の上場、その後の1999年のユーロドル取引への「サイド・バイ・サイド(立会場と電子取引市場の両方で同時に取引)」の導入がそうだったと述べた。

E-miniは、「Globexで実に勢いよくスタートを切った」とLothianは語った。E-minisは、「急速に普及し、E-minisとピットで売買される標準サイズのS&Pとの間で「自然と裁定取引の機会が生じたのだろう」。

このおかげで、取引に必要不可欠な流動性が生じ、E-minisは現在も普及している。2004年にGlobexの1日平均出来高は、初めて立会場取引を上回った。成長は加速して、2017年5月には、CME Globexの電子取引の1日平均出来高が1,470枚に達し、CMEの出来高全体に占める比率が89%となった。

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先物のフィンテック
Globexと先物の電子取引の成長の主要な要素とされる、迅速で効率性の高い取引執行、迅速かつ効率性の高い情報アクセスを推進するテクノロジーは、現在、グローバル金融分野の標準となっている。

それでは、テクノロジーは、今後25年間以降も、業界をけん引していくのか? たとえば、人工知能(AI)は、さらに大きな役割を果たすと想定するか?

「最終的には、速度自体は結果論になるかもしれない」と、Lehrkinder氏は指摘する。「速度は「コモディティ化し…入力が減る。とにかく皆がものすごいスピードに到達するだろう。先物業界の次の進化は、取引の迅速な清算・決済の実現を可能とするビットコインの基礎となる分散型台帳技術、ブロックチェーンを活用したプロセスで展開される可能性がある」と続けた。

「資金動向とその他のプロセスは、簡潔になり、多くのリスクが除去されるだろう。いまだ進行過程にあるが、何につけてもそうだが、変化するときに、急速に変化するだろう」と、Lehrkinder氏は予想する。

「大きな教訓は、その準備段階と変化を受け入れるのときの両方で得られる」と、円先物を10枚購入してGlobexの初の取引の相手方になった先駆者であり取引所のリーダーであるメラメドは断言する。「テクノロジーは進化を続けるであろうし、世界のどこであれ顧客のメリットになるように、先を見越してテクノロジーを活用してきた」と、続けた。「現在のような予測不能な経済・地政学的環境下では、準備する必要があり、その顧客の準備を手助けをする必要がある。取引所が行っていることはまさにこれなのである」


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